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曽津高崎灯台

 投稿者:Webマスター  投稿日:2009年 9月19日(土)22時29分55秒
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  今日は午後3時前に仕事を切り上げて、瀬戸内町の曽津高崎灯台に行って来ました
通称「西古見灯台」の愛称で呼ばれている!
「曽津高崎灯台」と書いて(そつこうざきとうだい)と読むそうです
日清戦争後、台湾航路の航路標識整備が必要となり、明治28年12月6日、当時の陸軍省により着工、翌29年(1896年)11月8日竣工、同25日に奄美群島では最初の灯台として戦中戦後の一時期を除いて沖行く定期船や貨物船、地元漁船などの航行安全を100年間見守って来た
近海は、奄美鰹漁業の創始海で、曽津高崎灯台建設に従事した佐多村の人たちが、工事中沿岸漁業に有望である事を看取り、西古見を拠点に出漁し、これに刺激されて西古見の朝虎松翁が有志を募り鰹漁を始めたのが奄美群島鰹漁の発祥である
灯台の背後には大戦中陸海軍の砲台・監視所・弾薬庫・防備衛所などが設置され、大島海峡西口の軍備上の要塞で戦火にも遭い幾度か改築された
現在は無人で海上保安部が管理しているが、以前は灯台職員が住み子どもたちは西古見小学校に通学していたそうです
取り付け道路はとても危険で、初めての方は展望所あたりで見学された方がいいでしょう
以前、近くの住人は放し飼いしていた山羊が近辺の草木を食いアサリ、山肌が見える荒れた山になりがけ崩れで昔の道は崩壊し、その後工事して取り付けた道路も危険でいっぱいです
山羊の駆除も行われたようですが、ご覧のように家族で悠々と暮らしています。

http://amami-canon.hp.infoseek.co.jp/

 
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