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【戦友】

 投稿者:おじちゃん  投稿日:2008年11月 2日(日)09時13分25秒
返信・引用
  今回のリサイタルの中で「戦友」が評判がいいようですね。
「琵琶湖周航の歌」もそうですが、あれだけの長い曲を聴かされると普通は曲自体に間延びが生じて飽きてくるものです。
言い切ってしまうと他の歌い手さんには失礼になりますが、恐らく他の歌い手さんが同じ事をやったらくどくて聞いてられないんじゃないかなぁって思います。
では、一体どこが亜矢ちゃんは違うんでしょう?
歌唱力、まろやかで聴きやすい歌声、明晰な言葉、勿論それらもそうなんですが、
一番ずつ違うこの歌詞のドラマを歌い分けているんです、わたしにはそう聞えました。
感情の込め方が違うから同じ曲のリフレーズを何回も聴いているという感じがしないんですね。
関島さんが以前「帰らんちゃよか」についてわたしに仰った言葉があります。
「亜矢さんは凄いですね、歌詞をじっくりと読み込んで自分のものにして、それを自分の言葉で語っておられる。そう、歌っているのとは違って、歌を通して語っているんですよね。僕らにはない、考えてもいなかった世界が亜矢さんの歌にはあるんですよね」
「おもて」にも書いた「赤い夕陽の故郷」の「お~い!」の歌い分けのように、15回(正式には14回+1回)の歌詞を充分に読み込んで自分のものとして歌った歌の中には、正しく15回のドラマの世界がそこにはあったんです。


それにしても今回の長編歌謡浪曲は二転三転でしたね。
もう言ってもいいと思いますので言いますが、3月の京都でのコンサートの時には、秋には亜矢ちゃんオリジナルで20分の大作である長編歌謡浪曲「雪の南部坂」が載るって聞いていたのが、少なく共10月初め(?)のリハーサルの時には「曽我物語」に変わって、そして今回の本番です。
長年の投書の甲斐があった、もうオリジナルの長編物・オリジナルの長編物って言わなくてもいいって思って、リサイタルでそれを聞いて明治座などの時のように号泣する自分を想像していたのですが、わたし的には「曽我物語」は今までの五曲と比べると「???」という感じがありますので、来年の明治座から「曽我物語」になるなら「雪の南部坂」はどうなったの、っていう感じですね。
早く亜矢ちゃんオリジナルの長編歌謡浪曲が陽の目を見せてほしいと思ったリサイタルでした。

さあ!
いよいよ明日は名古屋です、名古屋・東海地区のみなさま、またよろしくお願いします!
 
 

2008 リサイタル「無双」

 投稿者:こがれもん  投稿日:2008年10月26日(日)22時43分29秒
返信・引用
  リサイタルとコンサート、何が違うのかちょっと分かりにくいところがありますが、一般的にはリサイタルは独演、独唱会。コンサートの方は競演、合奏のことを指すようです。まあ、広く言えばどちらも音楽会。
でも、亜矢さんの場合は明確に使い分けがされます。リサイタルは年に1回、その時点での集大成を世に問うもの、コンサートは時間の制約からそれを濃縮したものという事ができると思います。
リサイタルでは今後1年間の進む方向とテーマが決まりますから、とても重要なものだし、ファンも期待をもって待ち望みます。
それと亜矢さんの場合はこれを毎年開催ですから、キッチリとその足跡が残ります。1年経てば新しい物が確実に積みあがるということで、過去のDVDなどでもいつ取り出しても新鮮に楽しむことが出来ますから、これこそ凄いことです。また、凄い歌い手さんであることが実感できます。

今年のリサイタルは24日の東京公演が済んで、鑑賞された多くの皆さまの絶賛の報告が各サイトを賑わしていますから、まだの方はきっと早く観たい聴きたいと、期待に胸を膨らませておられることと思います。
今年も多彩な曲のかずかずを聴かせてくれましたが、私の場合などあの唄声に心地よい感動の境地に誘い込まれてしまって、時間の経つのも忘れる程に酔ってしまうという感じでした。
何がそのようにさせるのかは疑問、あの声か、あの上手さか、何とも説明がしにくいけれどその答えはきっと多くの熱いファンの方々が示してくれると思います。

ところで、多くの方が感動したと報告されたのは「戦友」。私もしみじみ聞かせて頂きました。
日露戦争(明治37年~38年)当時、奉天(瀋陽)大会戦に従軍した方の話を基に、真下飛泉(ましもひせん)さんが詩を書いて明治38年に発表した歌だと言います。あまりにも抒情的な曲調は当時、厭戦気分をあおるとして歌うことを禁止された時期もあったとか。それにしても良い歌です。
これを亜矢さんは切々と唄われました。1番から15番まで唄われるとの情報がありましたが、歌詞は14番までです。15番は1番の繰り返しかも知れませんが確認出来ませんでした。
この古い歌を何故今、亜矢さんがという思いはありますが、2009年秋からNHKでスペシャルドラマ「坂の上の雲」が放送開始となり、以後3年間に亘って放送される予定となっているようです。
司馬遼太郎さんの原作ですが、明治の群像が生き生きと描かれています。この亜矢さんの歌、ドラマの挿入歌にでもならないかと期待してしまいます。
いずれにしても今年の各地のコンサートでは唄って下さるのだと思いますから期待しましょう。
歌詞はWebで検索できますので、私が訪問したところを二つ三つ下に貼り付けておきます。

http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/senyuu.html
http://kinmirai.hp.infoseek.co.jp/chiiki-tanngogaku-sennyuu.htm
http://jp.youtube.com/watch?v=Y75_H805GXc&feature=related

さて、名作歌謡劇場は「つるの恩がえし」、この話、誰もが知っている有名な民話ですから話はシンプルで、難しいことは何もありません。むしろ単純すぎるから、これをどの様に観させてくれるのかしらと、こちらのほうに興味が湧くのが多くの方の思いではないでしょうか。
どのような仕掛けがあったかは、かなり具体的な報告もありましたから、ここでは省略させて頂きます。
ここからは私が感じた“亜矢姫おつうさん”のこと。
初めはただ心やさしい与ひょうさんへの恩返しのためにやって来たおつうさんでしたが、与ひょうさんにも情が通って鶴の世界と同じ幸せを得たのでした。そして時には無理なお仕着せ仕事も好きなあなたのためと引き受けます。全ては愛おしくてならない与ひょうさんのために、身を削らなければ出来ない機織もするのです。
ところが、禁じていた機織の姿を見られてしまい、鶴の化身であることが分かってしまいます。こうなれば仕方ありません。定めに従って人の世と別離しなければなりません。そして、やさしくて愛しい与ひょうさんとも別れなければなりません。
美しい姫の歌と踊りが、おつうの心となって舞台いっぱいに哀しみをまき散らします。空へ旅立つ“おつうさん”は、幸せにくらした我が家の上を高く低く何度も何度も飛んで名残を惜しみます。悲痛な声で、叫ぶのです。さようなら~・・さようなら~・・・さようなら~・・・さようなら・・・・さようなら~・・・・・
亜矢姫のあの悲痛な叫び声がこだまして・・・・・・・・・・・・・私は何度涙したことか。
もう言葉では表現できません。これはもう舞台をみてもらうしかありません。まだの方どうかお楽しみに。
 

「化粧」に軽く一振りスパイスを!

 投稿者:亜矢を愛するファン  投稿日:2008年10月25日(土)00時38分6秒
返信・引用
  ヤレた感じ(すれて、枯れて、すさんだ心の谷間という言い方もちょっと違うけど、まあこんな感じ)の歌唱にすると切なさがぴりりと効くかもと思いました。
例えていうと、「向うずねをぶつけた時のあのじわりじわり」みたいなひりひり感というかそんな感じを歌で出せたら、もっとリアルかな?なんて。
「川の流れのように」、すごくよかったですよ。
心にじわじわと染み入る様子が自分でもよくわかりました。
リサイタルツアー、頑張って下さい。
 

楽日観覧で感じたこと

 投稿者:亜矢を愛するファン  投稿日:2008年 4月 8日(火)22時57分14秒
返信・引用
  アンコールですが、会場のみなさんの手拍子だけで「海ぶし」を歌唱するというパターンもありかな!と思いました。(お客さんの雰囲気次第でということで)

手拍子版「海ぶし」もちょっと聞いてみたい・・・です!
 

明治座 5日昼、6日昼

 投稿者:亜矢を愛するファン  投稿日:2008年 4月 6日(日)21時45分5秒
返信・引用
  明治座 5日(土)昼公演、6日(日)昼公演に行ってきました。
個人的な感想を・・・

カ○メの歌
声の甘さを押さえて、もちょっとすれた感じでドライに歌った方が・・・と思いました。
元歌は、詞をちぎっては投げ、ちぎっては投げみたいな歌唱スタイルだったような印象を持っています。(個人的な印象ですが。)

中島みゆきさんの歌が入っていましたね。
亜矢さんの声質にぴったり合ったよい曲だと思います。
 

明治座

 投稿者:おじちゃん  投稿日:2008年 4月 4日(金)08時45分40秒
返信・引用
  行った!聴いた!観た!感動した!
凄い!またまた惚れ直した!


曲目のラインナップは一部を残してガラッと変わりました。
バックのセットもトークも一新されています!
最大の楽しみはリサイタルまで「お預け」となりましたが、一人舞台の「お吉」は中の台詞も変わっています。特に2部ではかなりの部分が変わって、違うものを観ているようでした。
バックでは波が動いて波打ったり、怒涛のしぶきを上げたりしたのには驚きました。

先にひとつだけお話ししておきます。
2部の最初の曲は「立花左近」ですが、歌い終わって着替えている間に「亜矢子のリクエスト演歌」の番組で歌っているシーンを映像で流してくれました。何曲あったでしょう?10曲近くあったように思います。8歳の時の歌唱です。わたしもこの番組のビデオや、12歳位までの亜矢ちゃんの映像を何本か持っていますが、それにない歌唱もありました。
映像に大きな拍手が送られ、あちこちで感嘆の声があがっていました。
このあとデビュー前のテレビ放送からの「袴」を流し、今の亜矢ちゃんが2番を引き継ぐという構成でしたが、終わった時に思わず「天才!」と大声を出してしまいました。わたしの隣のオバサン二人連れなど「ひばりさんよりすごいね!」って言ってくれて、自分の事のように嬉しい瞬間でした。

一部の最後は「弥太っぺ」です。前回の「一本刀」の時は「亜矢ちゃんが花道で歌ってる!こんなにビックになったんだ」という感慨で大泣きしてしまいましたが、今回も花道の亜矢ちゃんを見るだけで泣いてしまいました。
どんな舞台でも花道にはドラマがあります。そこに役者さんが立っているだけでそれこそ花になるのが花道です。亜矢ちゃんにも華がありますが、まぶしく、大きく見えました。

本当はこれだけ一新された内容、これから来られる方々のために終演まで書き込まないでおこうと思いましたが、一部だけ書き込みさせていただきました。
曲目のラインナップや個々の感想なども書き留めておいたのですが、それは終演まで残しておきます。

ハウリングがあったり雑音が入ったりしたのは気になりましたが舞台は最高!
これから来られる亜矢友の皆さん、大いに期待して来てください。
 

溜飲が下がりました

 投稿者:ラックスマンメール  投稿日:2007年10月23日(火)21時38分49秒
返信・引用
  おじちゃん様、ありがとうございました。気持ちがスーと致しました。
亜矢ちゃんのすごさ、理解できる方と、そうでないファンの方と、色々ですねー。
少なくとも一生懸命応援するファンにとって、溜飲が下がりました。
梅田が楽しみです。
 

ありがとうございます。

 投稿者:演歌桜  投稿日:2007年10月22日(月)10時51分5秒
返信・引用
  おじちゃん様、亜矢を愛するファン様、おはようございます。

姫一番様の投稿の件について、詳細な分析ありがとうございます。
おじちゃん様の、詳細な書き込みで納得できました。
姫一番様の投稿で名古屋のリサイタル、心配いたして居りましたが
これで、解決いたしました。本当にありがとうございます。
 

『邂逅』リサイタルについて

 投稿者:おじちゃん  投稿日:2007年10月22日(月)01時51分47秒
返信・引用
  大阪リサイタル後の懇親会ご出席の方々への最終案内・参加者名簿を作成して郵送したりしていて遅くなりました。飲めないわたしが9時頃まで打上げで飲んでましたので、多少まとまりのない文章になるかも知れませんので、番号を付して書いてゆきます。

昨年の「お吉」は本当に絶賛物の出来映えでしたが、今年の「お徳」は全体のまとまりでは昨年以上ではなかったでしょうか?
正直言って昨年は亜矢ちゃんの演技だけが目立ったひとり芝居だったように思いますが、今年は出し物として、演出にも映画を彷彿させるように列車が走ったりして(映画の場面であったそうです)、昨年を超えていたように思います。
そこでご意見に対して少し言わせてください。

1.はっきり言って全然似合っていませんでした。
   似合っている似合っていないは言うべき事ではないと思います。
   小学校時代に父親から教えられたことのひとつに「自分が努力してもどうしようもな   い事については言うな」と言われてきました。似合ってないもそうではないでしょう   か。要は如何に演じたかであって似合っているかいないかではないと思います。
   その点、亜矢ちゃんは演者として立派に演じきっていたと思います。
2・ゴホン、ゴホンという声がとても耳ざわりでした。
   そうですか?私はかえって違う思いを抱きました。「亜矢ちゃんこんなのをやらせて   も上手いんだ」って・・・
   自分で1回演技としてゴホンゴホンとやってみたらどうでしょう?中々上手くできな   い事がよく分かります。笑う泣くと同じように、こうした演技は初歩の初歩ですが    中々上手くできるものではありません。その点亜矢ちゃんは上手いなぁって思いまし   た。それにその後歌うんですよ、喉に無理をさせた後で・・・中々できる事ではありま   せん。それに、例え最初にさわりを解説していたとしても、唐突に病に倒れて死なせ   られますかね。新派の舞台や映画であってもあの場面は出てくるでしょうし、まして   や時間が限られた演出の中では絶対不可欠な場面だと思いますがねぇ。
3.茶化したくなる気持ちも分ります。
   私には全く分かりません、かえってあの方は本当に亜矢ちゃんファンだろうかと疑問   を持ちました。本当のファンならあの大事な場面は息を凝らして観ているはずだと確   信します。
4.最後はお徳が倒れて幕がおりるのですが、これでは盛り下がる一方です。
   そうですか?最後は死んで逝くお徳にとってじゃぁどういう幕切れを考えておられた   のでしょうか?
   ただ、わたしは後ろに菊之助の晴れ舞台の映像が映る中、静かに息を引き取ってゆく   場面を想像していたのですが、その辺りは少し違っていました。
5.お徳は歌で表現するべきです。亜矢ちゃんの芝居にどんな意味があるのでしょうか。
   この言葉は一人芝居自体を否定されているのですか?そう取れるのですが・・・
   そうであったら次の6.に加えて、リサイタルと地方コンサートのコンセプトの違い   について考えてほしいですね。
6.地方公演のエンディングで袴姿で「俵星玄蕃」を唄う凛々しい亜矢ちゃん、こちらの方  がはるかにいいと思います。
   地方公演とリサイタルとでは明らかにコンセプトが違います。そこを理解して舞台を   観て欲しかったですね。そうすれば多少の不満があっても楽しんで帰れたのではない   でしょうか。
7.公演後の握手会の亜矢ちゃんもとてもお疲れのご様子に感じました。
   そうですよ、それだけリサイタルでは特に念入りに精魂込めて舞台を勤めているので   す!
   リサイタルでは、舞台の幕があいた時には毎年目の前のお客様の顔すら分からないっ   て言っていた事があります。
8.事務所の方に感想を述べたかったのですが、この場をお借りしました。
   その通りです、この時期にこの場を借りて言うべき事ではなかったのではないでしょ   うか?

午後の部ではわたしの真後が二葉先生、徳光さん、少し置いて阿藤快さん、そして糸之先生や走れ歌謡曲のパーソナリティの女の娘ともお話しました。
あれやこれやの報告もあったのですが、先にこの話になってしまいました。

最後まで観客を引きつけ離さない亜矢ちゃんの歌・トーク・演技、演歌歌手が最も円熟すると言われる40半ばにはまだまだ10年、今からこんな亜矢ちゃんなら10年後はどんなだろうと思ったりしました。

稀代の名歌手「島津亜矢」と同じ時代に同じ空気を吸って生きていられる幸せを体一杯に感じて東京から帰ってきました。

本当のコンサート報告はまた次に、dreem55様、宿題にならないように本当に早めに書き込みしますね。
 

(無題)

 投稿者:亜矢を愛するファン  投稿日:2007年10月21日(日)22時32分28秒
返信・引用
  姫一番様、こんばんは。
私は、1回目の観覧でしたので姫一番様がご覧になった回と状況が違うかも知れません。
その点は、御容赦頂いて、私めの感想を語ってみたいと思います。
まず本題に入る前に触れておかねばならないことがあります。
姫一番様が耳にされたという男性ファンのあの発言の件です。
私が耳にしたわけではないので明解な発言は慎みますが、もしこれが事実であるとするならば、ステージ観劇のマナーを心得ていない方というしかありませんね。
演者、関係者に対してとても失礼な行為ではないでしょうか。
観劇をする方々も演者も同じ生身の人間なのですよ。
その点を留意するのは、最低限のマナーであると思います。

さて本編に入りましょうか。
私がひっかかっているのも姫一番様と同じ「お徳」の部分です。
(1)咳の部分がとても耳ざわり
この部分については、私も同じように感じました。
咳がストーリーの流れを切っているようなそんな印象を持ちましたね。
うまい流れが出来つつあるのに咳の部分でストーリーの世界に入っていけないような雰囲気になるような感じもありました。
ハンドマイクを持ちながらの演技ですから、どうしても咳の音を拾ってしまうという欠点が強調されてしまいます。(顔を背けて咳をするという方法もありますが・・・そうすれば、マイクとの距離がとれますよね)
そもそもハンドマイクを持ちながらというのも絵的には?(現実に引き戻されてしまう印象を持ってしまいます。)どうかな?と思ってしまいますね。
PA機材には、ピンマイクとか、耳にかけるタイプのマイクロホンとか(芝居とかによく使われているもの)ありますから、なるべくハンズフリーにした方が演技もしやすいし、見た目にも違和感がないのではないかと思います。

(2)お徳は、歌で表現するべき
これは、コンサートツアーとリサイタルの違いということです。

(3)亜矢ちゃんの芝居について
今回のリサイタルは、芝居的要素の濃いものであったのでは?と思っています。
従来のように歌でつなぐ構成でなくて、芝居でつないでいくようなそんな印象を持ちました。

(4)ちょっとと思ったこと
・お徳の前のナレーションの部分
もう少し、コンパクトにまとめた方がよいのではと思いました。(時間的なものも含めて)
説明が、細か過ぎるそんな印象も受けます。
説明で終始するより、シチュエーションを伝える、雰囲気を伝えるみたいな方が本編に繋がりやすいのではないでしょうか。
(講談師や弁士の口調みたいな要素もうまく駆使して)
あとは、ナレーションと本編の間の暗転は、もうちょっと長めに。

・家財セット
映像とかの方がよいのでは。
見ている方は、正直ひやひやものでしたよ。(あぶないなあ、大丈夫かなあ)
そこの部分が気になって気がちってしまうなんてこともあったのかもしれません。

・場面と場面との間(ストーリーをうまくつなげる工夫)
場面と場面の間をちょっと縮めるなり、オーバーラップさせるなりの工夫があった方がと思いました。
場面に応じて、メロディのテンポアップ、ダウン(若干の)とかの使い分けもあるといいのかな?!というような感じも・・・(これは気のせいかもしれませんが)
 

新潟コンサート

 投稿者:はせわ  投稿日:2006年11月23日(木)23時13分39秒
返信・引用
  夜桜晩花様 皆様今晩は
今日の亜矢ちゃん いつものようにお元気でした!
昼の部は声援もありましたが夜の部の前半は少し静かでした。最後は声援もずいぶん聞こえて盛り上がりました.兵庫からのH野ご夫妻 亜kane様ご夫妻 販売のお手伝いお疲れ様でした。 私も始めての人達をお連れしましたが皆さん本当に感動感心されて帰宅しました。栃木から長野から東京から富山から会津若松から皆様お疲れ様でした。
 

金沢コンサート・レポ  「目の前の亜矢姫」

 投稿者:亜矢武士  投稿日:2006年11月12日(日)10時29分27秒
返信・引用
  11月10日の金沢コンサートは、私にとって東京でのリサイタル以来の亜矢姫との出会いでした。
実を言いますと、その前日にスペインから帰国したばかりで、日頃の亜矢ボケ、年齢ボケに加えての時差ボケで、亜矢姫の歌を最後まで眠らずに聞けるかと不安でしたが、迫力あるステージと魅惑の歌声の前には、そんな心配は全くの杞憂でした。
今回の私の席は、昼の部、夜の部とも最前列です。これは主催者の関係者である知人の尽力のおかげで確保出来たものですが、やはり人生で持つべきものは、いい友といい歌手ですね。
さっそくコンサートで亜矢姫との握手のために購入した「流れて津軽」のCDを一枚、お礼に送っておきましょう。そういえば、このCDは先の東京リサイタルのお土産でも一枚渡していますが、まあ、亜矢姫のCDなら何枚もらっても文句を言う人はいないでしょう。

私のコンサート歴では、これまで前から二列目の席が、私が亜矢姫に最接近した記録でした。今回はこれを破る記録的な快挙です。しかも昼夜ともです。
二列目と最前列では、亜矢姫までの距離の差はせいぜい6~70?の違いです。しかし今回は、その距離の差以上のものを感じさせてくれました。
それは、最前列にいることで自分の視界には他の観客の姿が映らず、会場内にはステージ上の亜矢姫と自分だけが存在しているかの様な錯覚を感じさせてくれたことです。もちろん従来のコンサートでも、亜矢姫以外の周囲の観客の姿は私の目には入ってはいませんでしたが、今回は物理的な意味でもそうでした。
それはちょうど、テレビの亜矢姫を一人で見ている時のようなものです。そこは誰にも邪魔されない二人だけの世界。しかも今回は生の亜矢姫です。
亜矢姫のトークに返事し、笑い、拍手し、ほほえみ返し、勿論そのすべてが亜矢姫の耳や目に入っているわけではありませんが、時に目と目の合う時の感動は、やはり生のステージならではのものでした。

これは懇親会の席でも話していたことですが、この距離ですと、歌っている特の亜矢姫の目の輝き、目の光りまでがハッキリ見えます。何か亜矢姫のパワーで私の老眼までが回復したかの様な気がしました。
その目の輝きや光が、歌の中味や情景に応じて変化します。ある時は鋭く、ある時は楽しげに、そして時には切々とした哀愁を帯びて・・・
それは、決して口先だけで歌っていないことの証です。忙しいコンサートですが、亜矢姫は、どんな時も手抜きをせず、一曲一曲に気持ちを込めて歌ってくれている・・・それを強く感じさせてくれました。

今回の出し物のなかの、お馴染みの洋ものは、赤いドレスでのドレミの歌と、ミニスカートでのビートルズソングでした。これはリサイタルと同様です。
たまたま今回、私はスペインで本場のフラメンコを見てきました。フラメンコと言うと踊りのイメージですが、中に一部歌もあります。これが、女性ダンサーによるスペインの民謡っぽい歌で、結構小節もきいており、演歌を思い起こさせるようなものでした。
来年のリサイタルの洋ものは、亜矢姫のフラメンコもいいかも知れませんよ。フラメンコの女性ダンサーは、皆さん美しく、白い肌で、どちらかというとふっくらした体型の人が多かったので、この点でも亜矢姫にぴったりかもね。

私の席は、昼の部がステージに向かって右側の階段の前、夜の部が向かって左の階段の前です。亜矢姫の会場回りのスタートが右側の階段、戻りが左側の階段でした。私は昼の部では最初に亜矢姫と握手でき、夜の部では最後の握手権者の位置を占めたことになります。なんという友人の配慮でしょうか。これはCDをもう一枚追加しておく必要がありますね。
そんな好位置を占めた興奮からか、昼の部で亜矢姫が階段を降りられようとしたとき思わず立ち上がって、係のお兄さんからあわてて制止されました。おそらくは、変な男が亜矢姫に迫ろうとしたとでも思われたのでしょう。
そう、会場回りでの握手のルールは、こちらから焦って手を出さず、亜矢姫の方から手を差し出して頂くのをお待ち申し上げるべきでした。私としたことが、はしたないことを・・・
「ばかね、あわてなくてもいいのに・・・」 優しく私の手を握ってくれた亜矢姫の目は、そう語りかけていたような気がしました。
でも、この経験は夜の部に生かしましたよ。周りの人たちが、今か今かと焦って後ろの亜矢姫を振り返っているときも、私は悠然と構えていることが出来ました。亜矢姫は目の前の階段を上がってステージへ戻られることがわかっています。どうせ最後は私の握手の番が来るのですから。
でも、まさか階段を避けて、ステージへジャンプと言うことはないでしょうね。それにはもう少し減量が必要でしょうし・・・

夜の部の私のこの席は、すでにお気づきの人も多いかと存じますが、亜矢姫がいつもしゃがんで感謝状を歌われるスペシャルな場所です。
と言っても、残念ながら男の私が相手に選ばれるわけはありません。今回幸運の矢を射止められた方は、私の後ろの席にお座りになっていた我が亜矢友の某様の奥様です。個人情報保護の為、あえて名前は伏しますが。
「いい席ですね、きっと亜矢姫に選ばれますよ。でも、少しお若すぎるかな?」
と開演前に多少のお世辞を交えてお話しすると、何と某様の奥様の台詞たるや、
「もうこれまで二度ほど経験があるんですよ。」とのことでした。何とも、上には上の幸運な方がおられるものです。くやしい・・・
そして本番、やはり幸運と亜矢姫の母上の年齢相当条件の両方を備えられた奥様は、亜矢姫に感謝状を歌われながら手を握られ、感激にふるえておられました。(でしょうね? それとも、もう余裕でしたか?)
でも、この時に亜矢姫が、側にしゃがみ込んで歌うだけでなく、相手の手を握りしめて歌われていることは初めて知りました。遠くからは、ここまで見えませんから。
亜矢姫の柔らな手と、某様の奥様の柔らかそうな手(こちらは私は触れたことがありませんので、あくまで推測ですよ、某様。)の絡み合い、そして真横で見る亜矢姫のかわいい歌い顔と白いうなじ・・・
ああ、当分この情景が脳裏から消えそうもありません。

夜の部のコンサートが終わり、出口でタクシーに乗り込む亜矢姫を見送って、亜矢友の皆様とカラオケに行きました。皆様には、私の下手なカラオケに遅くまで我慢してお付き合い頂き、ありがとうございました。・・・これは前にも言いましたよね。あまり何度も言うと嫌みに聞こえますね。
皆様と一緒に歌った演歌桜は、いい想い出になりました。でも、途中で亜矢姫が飛び入り参加され、私と北海峡をデュエットしたような記憶がかすかにあるのですが、あれは夢でしたかね。もし証拠写真がありましたら、どなたかお送りくださいね。
飛び入りといえば、夜の部で私の隣の席の人が当日のコンサートの企画会社のサンライン関係者とのことで、いろいろな情報をお聞きしました。歌手の中には、コンサート後の後援会との懇親会に参加する人もいるとのことでした。
亜矢姫ほど忙しくなると、それも無理でしょうけど、時には昔のようにフアンと一緒に海外へのコンサート旅行もあればいいですね。

帰りのタクシーの中で、思いもかけず運転手のひとから、私も参加したとは知らずに厚生年金会館でのコンサートの話がでました。
今日(実は、その時はもう昨日でしたが)厚生年金会館で歌手のコンサートがあって、帰りの客を二組乗せたそうです。どちらも中年の女性の二人づれで、みんな、歌がうまかったとか、すごかったとか言っていたそうです。
何とか言う歌手だと言うので、島津亜矢の名を教えておきました。よくBSにほんの歌という番組に出ているようだけど、結構うまい歌手のようですね、とも宣伝しておきました。
こんな時は、出来るだけ何げなくサラリと言う方がいいのですよ。
「結構追っかけのフアンがいるそうですね。」とも感心していました。
私は黙って聞いていましたが、心の中で「そう、皆さんいい人ばかりですよ。」とつぶやいていました。

                                                           おしまい
 

都会の雀

 投稿者:おじちゃん  投稿日:2006年 9月26日(火)07時50分28秒
返信・引用
  この曲が今回採用された真意は分かりません。しかし私には相変わらず「夜明け夜明けもうすぐ夜明け」と聞こえて来ます。残念ながら昨年終了した「もうすぐ夜明け『北から南から』」で永年午前2時50分に聞き慣れたフレーズです。陸様が聴かれたら多分私と同じ思い、いえ、同じと言えば永年大変な掘り起こし作業の中でサイトでお伝えいただいた陸様に失礼です。さぞ感慨深くお聴きになられることと思います。この番組で亜矢ちゃんのトークも随分進歩しました。最初の頃はダメ出しも多かったそうです。涙ながらの話もありました。でも一番はヤハリ全国各地で美味しいものを食べたという時の亜矢ちゃんの生き生きした弾むような声です。そうした思い出が一つ一つ瞼の上を通り過ぎて行き、改めて終了を残念に思いました。
多分亜矢ちゃんもそうした感慨を持ちながら感謝を込めて採用され、歌っていたのではないでしょうか、今は天国の今田さんを思いながら・・・
 

夜桜挽花・恋日和

 投稿者:おじちゃん  投稿日:2006年 9月25日(月)11時53分57秒
返信・引用
  夜桜挽花は和泉の森のように「亜矢バウアー復活の兆し!」というようには行きませんでしたが、その気持だけは見せてくれました。家主様にとっては少し残念な結果ですが、復活にはもう少しダイエットが必要なようです。
恋日和、今回待望のコンサートデビューです。隠れた名曲(私はそう思っています)だけに舞台デビューを待ち焦がれていましたが、いざ聴いてしまうとアルバムにひっそり残しておくのも良かったかな、なんて思ったりしましたら、なんと!懇親会でご一緒させていただいたKM様が同じように感じられたようです。これにはビックリしました同じように感じる方がおられるものなんですネ。とは言いながら今後のコンサートが楽しみです。多分聴く度に亜よいしょ~ッ!様にお世話いただいた本郷菊坂近辺散策を思い出すことでしょう・・・
 

大器晩成

 投稿者:おじちゃん  投稿日:2006年 9月25日(月)08時00分52秒
返信・引用
  この曲はオープニング、エンディング、中締め、何処に持って来ても映える楽曲です。当日は昨年に引き続いてのNHKホールでのリサイタルの舞台をシッカリかみ締める様に普段よりゆっくりのテンポで歌っていた様に思います。涙っぽい私は先ほどのオープニングに続いて前奏が鳴り出したこの段階で早や目頭が熱くなってきました。まんまと演出者の術中に嵌ったという処でしょうか。昨年の舞台での亜矢ちゃんの「わたし今、本当にNHKホールの舞台に立ってるんですネ・・・」という涙のコメントが頭をよぎり、また、それも今度は2回公演で、なんて考えていると、気が付けば1番が終わるまでの記憶が飛んでいました。全階満席だった昨年と比べて2階右手後方と3階半分近くが空席でしたが、会場の熱気は昨年以上のものが感じられました。  

オープニング

 投稿者:おじちゃん  投稿日:2006年 9月25日(月)07時03分13秒
返信・引用
  ゲネプロで見た中では一番時間を掛けられたのがオープニングではなかったでしょうか?第一印象、『これって「胎動」そのものじゃない!去年使ってたら良かったのに!』正しく胎動と言うに相応しい構想と音出しです。次に連想したのは「オリンピックのファンファーレ」そして「未知との遭遇」です。私は映画を見ていないので何も分かりませんが、その私がそれを想像するのですからどんなものかお分かりかと思います。一編のオーケストラを聴くような素晴らしいオープニングでした。そしてキッチリ亜矢ちゃんの大きさ(体じゃありません)と底知れない奥深さを表していました。  

島津亜矢リサイタル

 投稿者:豪快  投稿日:2006年 9月22日(金)22時25分55秒
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  夜桜挽歌様、皆様こんばんわ。
みづは様がご報告の通り、今回のリサイタルただモンデはありません。
登場シーンでさえ、未知との遭遇の映画を、見た方はイメージできると思いますが、ピンスポットが1本2本3本4本、井桁に照らされて、見ている皆様の方に、そして舞台のほうに戻ると、真ん中に亜矢姫が舞台中央にいるんです。でも、これはゲネプロの登場シーンでした。本番は微妙に違うのです。お楽しみにしてください。
 

お恥ずかしいです

 投稿者:みづは  投稿日:2006年 9月21日(木)23時17分32秒
返信・引用
  dream55様、こがれもん様、吉三郎様、お褒めの言葉を頂き有難うございます。なかなか実際のステージのよさを切り取ることが出来ず、リサイタル報告には程遠いかもしれません。お恥ずかしい限りです。
でもこの後にはおじちゃん様の微に入り細に亘ったご報告があるはずです。私の、ややもすると観念的になりすぎた報告とは一味も二味も違う亜矢ちゃんの素晴らしさを今回も切り取っていただけていると思います。お楽しみください。

尚、「お吉」以外の素晴らしいところもまた折に触れてご報告させていただきますので、こちらもお楽しみに・・・。まだまだ続きます。
皆様へのご報告というのは形だけ、実際はこの書き込みによって私達自身が余韻を楽しんでいるだけだったりして・・・。(^o^) スイマセン。
 

みづは様!素晴らしい!Ⅲ

 投稿者:吉三郎  投稿日:2006年 9月21日(木)18時45分7秒
返信・引用
  夜桜挽花様、皆様、こんばんは。
みづは様、素晴らしいです!!お疲れ様でした。
当時の時代背景なども織り交ぜ楽しくて且、大変わかり易いです~。さすがです!
ラストシーンはそんなに痺れちゃいますか、ここだけは書くわけにはいかないということは余程のことなんですね。名古屋の楽しみがまたひとつ増えたようです。有難うございました。
 

Re: みづは様!素晴らしい!

 投稿者:こがれもん  投稿日:2006年 9月21日(木)07時29分54秒
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  いきなりの飛び込みで、失礼します。
みづは様、いつもながらのウイットに富んだ楽しい書き込み、ありがとうございます。
うふぁ~上手い。さすが、みづは様です。感心します。
お次は、切り口の違う、おじちゃん様の番ですね、期待しています。よろしくお願いいたします。
 

みづは様!素晴らしい!

 投稿者:dream55  投稿日:2006年 9月21日(木)01時21分4秒
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  夜桜挽花様、皆様、こんばんは。
みづは様!素晴らしい!まるでとても内容豊富な短編小説を読んだ後のような感動が拡がりました!
どうもありがとうございました。
 

バトンタッチ

 投稿者:みづは  投稿日:2006年 9月20日(水)23時44分27秒
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  そろそろおじちゃん様が手ぐすね引いて待っておられる頃でしょうか。
よろしくお願いいたします。
 

「お吉」ロングバージョン-4

 投稿者:みづは  投稿日:2006年 9月20日(水)23時32分1秒
返信・引用 編集済
  「お吉」のテーマだけでもどこまで書き続けるつもりなのか、一体私の指はどうなっちまったんだい! 夢さぁ 夢に決まってるよぉー。

「村八分」どころではない。自分のまわりの者達すべてが自分を蔑み、卑しみ、避けて通る。いや、避けるだけならまだしも、罵声を浴びせ、棒で叩き、石を投げつけるような状況で生き続けることの苦しみを誰か味わったことがありますか?

「ひどいっ ひどいじゃございませんか いくらあたしがハリスさんのところへ行くことを承知したからといって・・・」
この部分は私の感覚はおじちゃん様とは多少違います。お上に対して、役人に対して、そのお上が作った世の仕組みに対して、了見の狭すぎる世間の人々に対して、「たとえ天城の山が崩れても・・・」の約束を反古にして先立っていった鶴松に対して、身内の者さえも金の切れ目が縁の切れ目とお吉を遠ざけたことに対して・・・
そしてその究極の仕打ちとして最後の最後、入水自殺をしたお吉の溺死体を丸二日間も放置したというそういう諸々のことすべてに対して冒頭で言い放ったものではないでしょうか。

「あたしの人生って あっはっはっはっは なぁんだったんだろうねぇ」 この世とはお吉にとっては夢は夢でも悪夢そのものだったのでしょうか。

 ♪ あぁ、お吉に明日は見えません~ ・・・。

この次名古屋で見ることになっているリサイタル、一体私はどうなってしまうのでしょうか。自分で自分のことが心配で心配で・・・。こんな悲しい筋書きを誰が書いたんだいっ!
 

「お吉」ロングバージョン-3

 投稿者:みづは  投稿日:2006年 9月20日(水)22時57分36秒
返信・引用
  今回の主人公「お吉」は、今の世なら大いに憧れの対象にもなりそうな外国人、それもアメリカの政府高官のもとへ仕えるのですが、その当時は外国人を別世界の特別なものとして見ていたようなので、今考えるものとは程遠い感覚があったと思われます。
体も大きいし鼻も高い、赤ら顔が多くて体中モジャモジャの毛が生えている。言葉も何を言っているのかさっぱり分からない。恐怖心の裏返しが「南蛮人、唐人」などと呼ばせたのでしょうか。そして何よりも生活ぶりというか、着る物も持ち物も食べ物もそしてお金の使い方も、すべてのレベルが今までの日本のレベルとは大違い。その最たるものが『黒船』ではなかったでしょうか。
そこからくる外国人に対する「畏怖・畏敬」の念の裏返しが、多額の支度金と給金によってハリスのもとへ侍妾として送られたお吉に対する「罵声と蔑み・石つぶて」となって跳ね返されたのでしょうか。

体中に戦慄が走る・・・。
亜矢ちゃんの「お吉」ロングバージョンを聞いてそんな感覚を覚えました。

ラストシーン、ここだけは全国縦断リサイタルが終わりきるまでは例え口が裂けても(指が折れても)書くわけには行きませんが、私はお吉がはじまった最初から最後まで全編痺れっ放しだったことだけは恥ずかしながら告白しておきます。
やっぱり今回の、リサイタル前に曲目を発表し、CDを先行発売するという作戦が功を奏したのでしょうか。私にとっては、今はなき亜矢研での亜矢武士様の研究発表と、楽曲の先行発売による「お吉」のイメージ作りが最大の効果を発揮してくれたと思っています。
 

「お吉」ロングバージョン-2

 投稿者:みづは  投稿日:2006年 9月20日(水)22時21分7秒
返信・引用
  いきおいしゃべり方もそれなりに、テキパキとした話しっぷりの中にもどこか世をすねた様な物言いになってくるはず。
今回のリサイタルで私が感じた亜矢ちゃんの「進化」と「深化」はまさにこの「芸者としてのしゃべり方」でした。先ほども書きましたが、私の中にイメージされている「芸者」という職業に生きる女性たちのイメージそのままの話し方にはもう痺れました。

今回のヒロインの完成度は今までの名作歌謡劇場で演じられた女性達の画一的なイメージを数段上回るものではないでしょうか。
「お梅」「お蔦」「梅川」「お初」「小春」などの、芸者あるいは遊女であった女性達の生き様、死に様をそれぞれに見事に演じてきた亜矢ちゃんではありましたが、今回の「お吉」程心底見事に成り切ったセリフではなかった様に思います。
それは一体なにか。それは、そういう時代に翻弄されて生きた女性達のいわゆる『開き直り』の表現です。

ちあきなおみさんの「かもめの街」を歌う時のあの『けだるさ』の声の調子をもっと進化させたものがこの「お吉」では歌い、語られます。
 

「お吉」ロングバージョン-1

 投稿者:みづは  投稿日:2006年 9月20日(水)21時56分32秒
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  今回のリサイタルの内容で特筆すべき点はいくつかありますが、やはりまずは「お吉」ロングバージョンからご報告するべきでしょうね。

私は芸者遊びなるものを語る経験も資格も持ち合わせていません。というよりその世界のことをほとんど知りません。
一般に言うところの「芸者」そのもののイメージとはどういうものでしょうか。
遊女などとは一線を画し、三味線や歌や踊りなどの芸事を身に着けて酒席をもてなす女性、気風のいいのが売り・・・ くらいのイメージしかありません。しかし昔はやはり親の借金のカタに・・・ということも多くあったようで、どこまで一線を画しきれていたかは曖昧なところもあるようです。恋愛は比較的自由だったとか。

男が酒を飲んで遊ぶ場所に出て、それを歌や踊り、三味線、太鼓などの芸を披露して盛り上げるのですからそれなりの気性、性格を持ち合わせていないと勤まらないでしょう。気の強さ、明るさ、社交的、芸能好き、話し上手、聞き上手・・・ みんながこういう女性ばかりだったかどうかは分かりませんが、私の中での「芸者」はそんなイメージです。
 

なにかが吹っ切れたような

 投稿者:みづは  投稿日:2006年 9月18日(月)23時03分24秒
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  リサイタル本番の報告に行く前に、ゲネプロを見ていて感じたことをもう一つ。
亜矢ちゃんの歌・言動すべてがより伸び伸びとしてきました。

一つは話し方。今までのコンサートで私は歌の間のトークになにか固いものを感じていました。今ひとつ滑らかさがないというか、遠慮がちというか、観客との間に目に見えないような壁があるというか、わざと壁を作ろうとしているというか・・・。歌はうまいけれどこれは話し方をもっと自然なものにするための訓練が必要ではないのかなーなんて感じたこともありました。
ところがここのところそれが一変しましたね。先ほど見た「しぶやライブ館」でのトークでもかなりその滑らかさが出てきていましたが、一昨日のゲネプロでは7月の豊橋コンサートまでの話し方とガラッと変わっていたのでビックリしました。肩の力が本当に抜けていていい感じです。これでグッと観客席との距離が縮まった様な感じがしました。これはやっぱり『連理』を意識した結果が表れているのか?

もう一つ、サウンドオブミュージックを歌いだした時に、こちらもなんと伸びやかな声が出るのかと目を見張るというか、耳を疑うというか・・・。もちろんこれまでも亜矢ちゃんの歌に魅了され続けてきた私ですから何の不満も注文もあったわけではありませんが、あの発声を聞いて「これは亜矢ちゃんの身辺になにかあったに違いない」と感じざるを得ませんでした。
ここのところの「大器晩成」「流れて津軽」のCDの売れ行きや、コンサートやディナーショーでの集客力等を考えても当然亜矢ちゃん自身にも自信が出てきていることは確かだと思います。
が、私の感じるところ(邪推かも?)まだほかにその原因となるなにかが存在するのではないかと・・・。『連理』のための演技だけではないはずです。私の水晶玉になにかが映ろうとしていますがまだイマイチピントが合ってきません。これはなんでしょうか。

いずれにしても何もかもがプラス方向に向かっています。話し方にしてもこの滑らかさ、明るさは好感度をアップさせます。
益々の「進化」と「深化」です。
 

亜矢ちゃんの挨拶文

 投稿者:みづは  投稿日:2006年 9月18日(月)18時17分46秒
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  ゲネプロで配られたプログラムがあります。ゲネプロの内容を書いたプログラムではなくて、「リサイタル 連理」でのすべての曲目が載っています。曲目はおじちゃん様が紹介して下さった通りですが、その横に亜矢ちゃんの挨拶文が書かれていますので紹介させていただきます。名文です。

『本日も私の歌を聴きに来て頂いて、心からありがとうございます。又今年もこの舞台に立たせて頂いている事に感謝しています。
今、離陸の準備を整えて許可を待っています。この瞬間が一番ドキドキ、一番ワクワクします・・・。この思いは、ごめんなさい、ステージに立つものだけの宝物です。(ハートマーク) さあ管制塔から離陸の許可が出ました。お客様の方へ飛び立ちます。“目を凝らして、心を開いて、最後までお付き合いください” 本日は心よりありがとうございました。
  島津亜矢 』

(原文のまま)。亜矢ちゃんの気持ちが良く表されていますね。
 

『ゲネプロ』から『本番』へ

 投稿者:みづは  投稿日:2006年 9月18日(月)17時59分48秒
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  バンドさんもフルメンバーが揃っています。いつもの貫田さんも仲村さんも清家さんも、それに加えて尺八の素川さんも三味線の金沢さんも・・・。

亜矢ちゃんが一曲歌い終えて袖に下がり、衣装を着替えて出直してくるまでの時間(秒数)、着ている上着をステージで脱ぎ捨てる要領(もちろん着物ではなく洋服ですよ)、亜矢ちゃんのフリとバンド(特にドラムス)との掛け合いの合図の仕方、「ドレミの歌」でのホワイトボードの出し入れのタイミング、はてはボード用ペンの太さによる客席からの文字の見え加減まで本当に細か~いことまで構成・演出チーフから指示が飛ばされます。
その合間に花柳先生による振付の手直し、IKKOさんのヘアーメイクの手直し、音響さんの音の確認作業等があり、バンドさんのステージへの出方、戻り方、京建輔さんとの打ち合わせも加え、池さんの動きへの注文も遠慮なく出ます。各パートの譜面の修正も各自で書き加えられていきます。さすがプロ集団、瞬時に手直しできてしまいます。

天井から吊り下げられている背景用舞台装置の高さの微調整も含めて、「お客様に島津亜矢のステージをより良く見ていただく」ためにはこれだけ細かいことまで詰めていかねばならないのかと感心させられました。
と同時に、タイトルは『島津亜矢リサイタル 2006 連理』と名付けられてはいるが、その亜矢ちゃんの極上の歌と演技を観客に披露するためには、「チームシマヅ」の優秀な多くのスタッフ全員の力が結集されて始めて成り立っているのだということがよくわかりました。一つのステージは一人の歌手の力だけで成立するものではありません。歌手の力をフルに引き出す周りのスタッフの力がなければ成り立ちません。

一つ印象に残っているのは、チーフディレクターから舞台監督に発せられる「菊池っ!」という指示の声と、菊池さんの「ハイーッ!」「分かりましたっ!」という大きく歯切れの良い返事です。全員の動きにも一体感があります。
現場での厳しいやり取りの中から、より優れたステージが練り上げられ、輝く商品として観客に提供されようとしています。いやあ、勉強になりました。

なにはともあれ、大変貴重な体験をさせていただきました。これを見せていただいたお陰で翌日の本番の仕上がり具合により一層期待が高まり、楽しみが増しました。
選りすぐりの職人と飛びっ切りの素材とが織り成す「亜矢芸術」の完成です。
 

「チームシマヅ」

 投稿者:みづは  投稿日:2006年 9月18日(月)12時49分33秒
返信・引用 編集済
  なにかに寄らず私達があるものを商品として目にするのは最終的に一応完成された姿です。そして、ある商品を完成させる為には何度も何度も企画が練られ、その企画に沿ってデザインされ、不具合箇所が見つかれば手直しされ、予算をはじき、ある時は各部門に分かれてそれぞれのパートでより良いものを練り上げてゆきます。
その過程では様々な人の手が加わり、アイデアが出され、考証され、大げさかもしれませんがある意味「血と汗と涙の結晶」として商品を形作っていきます。

その最終段階、明日に新製品の発表(本番)を迎えた時点での最終的な段取り、総合的な調整をするという大事な場面に立ち合せて頂く機会を得ることが出来ました。それも他ならぬ、こともあろうに「亜矢ちゃんのリサイタル」前夜という特別な時間の公開リハーサルです。これが所謂・・・『ゲネプロ』・・・。

ここにくるまでどれだけの手間隙を掛けてきたことでしょう。
実際の順序は良く分かりませんが、曲目が決まり、作詞作曲され、編曲され、その歌の内容に沿った舞台作りのイメージが練られ、舞台装置を考案・製作し、使用される各楽器の音を決め、音響や照明が計画され、振り付けが行われ、衣装を決めてそれを発注し、ヘアスタイルが決められ・・・ 舞台に形として現れてくるまでに様々な工程を経てきているんですね。細かいことを言えば公演日時を決め、そのためのホールを予約したりポスターを作ったりという作業も大事な仕事です。

亜矢ちゃんのほうはリサイタル全体の曲はもちろんのこと、新曲「お吉」のロングバージョンを頭に叩き込んで行かねばなりません。舞台全体の構成はその後のことです。最終的にはNHKホールの大きさを考えた立ち位置や歩く歩数まで振り付けに盛り込んで行きます。

素人が思い浮かべたこれだけのことをスケジュールに乗せて進めてくるだけでもどれだけ大変なことか、考えたら気が遠くなりそうです。
大きな大きな素材『島津亜矢』を見せる(魅せる)為に、陰で大きなプロジェクト、「チームシマヅ」(勝手に私が名付けた名前です)の力が結束されていたのです。

今回『ゲネプロ』を見せていただいて、改めてこの『ゲネプロ』にこぎ着けるまでの「チームシマヅ」の力の凄さを感じました。
そしていよいよ『ゲネプロ』当日です。
 

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