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穂高を愛した男 宮田八郎 命の映像記録

 投稿者:翔峰  投稿日:2019年11月 7日(木)09時50分58秒
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  みなさん、こんにちは、翔峰です。

みなさんは穂高岳山荘の小屋番だった”宮田八郎”という人を知っていますか?
私も何度か穂高岳山荘に泊まったことがあるので、お世話になっていました。
11月3日(日) NHK BS1スペシャル 午後9時「穂高を愛した男 宮田八郎 命の映像記録」という放送があり、改めて彼の生きざまを知りました。

宮田八郎
1966年生まれ。神戸市出身。2018年4月5日、南伊豆での不慮の事故により他界。
幼いころから穂高を訪れ、25歳で神戸大学を中退して『穂高岳山荘』のスタッフに。
1994年からは支配人となり、2006年まで務める。
後に映像制作会社『ハチプロダクション』を設立し、代表に。
小屋番をしながら撮影や制作活動を行い、山岳救助隊としても活躍、百人以上もの遭難者の命を救う。
実写映画化もした漫画『岳』では”宮川三郎”で登場。

穂高岳山荘の前支配人だった宮田八郎(1966年4月4日生まれ)は、2018年4月5日に起きた南伊豆での不慮の事故により行方不明となっていましたが、5月に沼津港沖で発見された身元不明遺体が、7月5日、宮田八郎であると判定されました。
穂高で活動している宮田八郎が、なぜ南伊豆で・・・ と思われますが、この後6月に計画していた、知床シーカヤックの旅にむけた練習場所だったこと、4月中旬の穂高入山までのこの時期、携わっているヒューマンドキュメンタリー作品の心象風景撮影、情熱を注いでいる星空撮影の場所がこの地であったのです。

宮田八郎は、長年の山荘業務を基点に、多くの登山者を救った遭難救助、ブログ「ぼちぼちいこか」での発信、穂高の厳しさと美しさの両面を伝える映像制作と、精力的に活動しておりました。
近年においては、全国の都市で開催した「穂高・涸沢 Movie&Talk Session」をはじめ、各地での講演講話での安全啓発や、登山道事故発生地点の重点整備などにも取り組んでおりました。

安全啓発では、穂高で遭難して欲しくないという思いを、熱く真剣に、しかし笑いを交えながらのトークや文章で、皆様にお伝えしてきました。
そして関西弁で語る姿とは対照的とも言える、映像作品での繊細な表現に、驚かれた方も多かったようです。
その豪快さと繊細さの両方で、穂高を愛し、それを精一杯伝えてきました。
そしてもちろん同時に、山荘業務そして遭難救助という現場でも非常に力を発揮しておりました。

以前、穂高連峰を縦走した時の写真と、彼の業績の一端を示す画像をBS1スペシャル「穂高を愛した男 宮田八郎 命の映像記録」やブログ「ぼちぼちいこか」の写真を紹介します。
http://bochiiko8.blog14.fc2.com/

北穂高岳、、涸沢岳、奥穂高岳、奥穂高岳山荘、前穂高岳、ザイテングラード、涸沢、上高地……… 懐かしいところばかりです。

山を愛する者にとって大切な方をこのような形で失ったことは残念でなりません。
濃密な時間を本当にありがとう、そしてお疲れ様でした。やすらかにお休みください。
あらためて、ご冥福を心からお祈り申し上げます。

こちらに写真をアップロードしましたのでご覧いただければ幸いです。
https://www.facebook.com/akira.muto.98/media_set?set=a.2572901356130271&type=3




http://akira.html.xdomain.jp/index.html

 
 
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